2009年11月05日
ドラゴンズ歴代助っ人ベスト5
全国4100万人のドラゴンズファン (隠れファン含む) に贈る
「ドラゴンズ歴代助っ人 (勝手に選んだ) ベストファイブ」 です。
前回の 「歴代ベストナイン (生え抜き編) 」 についてはさまざ
まな貴重なご意見、ありがとうございました。今回も独断に基くこと
をご容赦願います。
<ドラゴンズ歴代助っ人ベストファイブ>
第1位 モッカ (82~85年) D史上優良助っ人NO.1。まるで計ったような流し打
ちでライト前に打球を落とす技術は秀逸で、通算打率も
3割を超えた。守備範囲の狭さから 「不動の三塁手」
と揶揄されたのもDファンにとってはご愛嬌。肩は滅法
強く、よくマウンドで投球練習の真似をし、145キロの
球速は当時のエース都裕次郎よりも速かった。
第2位 ゴメス (97~02年) D史上最強助っ人。G戦に滅法強く、特に99年優勝
時はMVP級 (36本塁打・104打点) の大活躍で打
ちまくった。見るからに陽気なプエルトリカンだった。
第3位 ゲーリー (86~88年) 「3番ゲーリー、4番落合」の時代。大リーガーのプラ
イドをかなぐり捨てて尊敬する落合のフォームを真似し、
独自の 「神主打法」 をあみだして打率を向上させた反
面、本塁打は激減した。
第4位 マーチン (74~78年) 74年優勝時の4番打者として活躍。通算161本塁
打は年平均で32本を超える。記録以上にすばらしかっ
たのは塁上でヘルメットを帽子にかぶり替えるスピード。
その技術では間違いなく世界一。
第5位 パウエル (92~97年) 3年連続首位打者はなんだかんだいってもD史上に
残る大記録。だが、チャンスにはいまひとつだった。
さらにおまけとして番外編です。 (印象度ベスト3)
第1位 デービス(77年) 塁間を4~5歩で駆け抜けていると思わせる速さでのラ
ンニングホームランは、当時のDファンの目に焼きついて
いる。
いかにも日本の野球をバカにしているような態度が面白か
った。
第2位 ディステファーノ (90年) 野手としての活躍はゼロに等しいが、相手チームとの
乱闘時には常に主役として大暴れした。自身のプレーに
まったく関係ないところでも興奮して暴行を働き、退場さ
せられていた。
たった一年での退団が惜しい、真の 「特攻隊長」 。
第3位 マーシャル(63~65年) 「マーシャルの子供はコマーシャル」 と野次をとばされ
た。
せっかく放った本塁打が「幻の本塁打」になってしまった話
はあまりにも有名。
さて、いかがでしたでしょうか?
皆さん異論もあろうかと思います。ご意見・お叱りをお待ちいたしております。
「ドラゴンズ歴代助っ人 (勝手に選んだ) ベストファイブ」 です。
前回の 「歴代ベストナイン (生え抜き編) 」 についてはさまざ
まな貴重なご意見、ありがとうございました。今回も独断に基くこと
をご容赦願います。
<ドラゴンズ歴代助っ人ベストファイブ>
第1位 モッカ (82~85年) D史上優良助っ人NO.1。まるで計ったような流し打
ちでライト前に打球を落とす技術は秀逸で、通算打率も
3割を超えた。守備範囲の狭さから 「不動の三塁手」
と揶揄されたのもDファンにとってはご愛嬌。肩は滅法
強く、よくマウンドで投球練習の真似をし、145キロの
球速は当時のエース都裕次郎よりも速かった。
第2位 ゴメス (97~02年) D史上最強助っ人。G戦に滅法強く、特に99年優勝
時はMVP級 (36本塁打・104打点) の大活躍で打
ちまくった。見るからに陽気なプエルトリカンだった。
第3位 ゲーリー (86~88年) 「3番ゲーリー、4番落合」の時代。大リーガーのプラ
イドをかなぐり捨てて尊敬する落合のフォームを真似し、
独自の 「神主打法」 をあみだして打率を向上させた反
面、本塁打は激減した。
第4位 マーチン (74~78年) 74年優勝時の4番打者として活躍。通算161本塁
打は年平均で32本を超える。記録以上にすばらしかっ
たのは塁上でヘルメットを帽子にかぶり替えるスピード。
その技術では間違いなく世界一。
第5位 パウエル (92~97年) 3年連続首位打者はなんだかんだいってもD史上に
残る大記録。だが、チャンスにはいまひとつだった。
さらにおまけとして番外編です。 (印象度ベスト3)
第1位 デービス(77年) 塁間を4~5歩で駆け抜けていると思わせる速さでのラ
ンニングホームランは、当時のDファンの目に焼きついて
いる。
いかにも日本の野球をバカにしているような態度が面白か
った。
第2位 ディステファーノ (90年) 野手としての活躍はゼロに等しいが、相手チームとの
乱闘時には常に主役として大暴れした。自身のプレーに
まったく関係ないところでも興奮して暴行を働き、退場さ
せられていた。
たった一年での退団が惜しい、真の 「特攻隊長」 。
第3位 マーシャル(63~65年) 「マーシャルの子供はコマーシャル」 と野次をとばされ
た。
せっかく放った本塁打が「幻の本塁打」になってしまった話
はあまりにも有名。
さて、いかがでしたでしょうか?
皆さん異論もあろうかと思います。ご意見・お叱りをお待ちいたしております。
Posted by こじろう117 at
01:31
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